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浦和地方裁判所 昭和63年(ワ)81号 判決

原告

熊谷長治

原告

熊谷玲子

右両名訴訟代理人弁護士

朝倉正幸

右同

畑山実

右同

斎藤義雄

右同

佐々木恭三

被告

埼玉県

右代表者知事

畑和

右訴訟代理人弁護士

常木茂

右指定代理人

島津知司

外八名

被告

大宮市

右代表者市長

新藤享弘

右訴訟代理人弁護士

中村光彦

右訴訟復代理人弁護士

田淵智久

主文

一  被告らは連帯して、原告熊谷長治に対し金三三六万七二四二円、原告熊谷玲子に対し金一八二万五四六七円、及びこれらに対する昭和六二年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告埼玉県は、原告熊谷長治に対し金六一〇万一四七一円、原告熊谷玲子に対し金五二九万六四〇六円、及びこれらに対する昭和六二年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告らの、その三を被告埼玉県の、その一を被告大宮市の各負担とする。

五  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。但し、被告埼玉県が原告熊谷長治に対し金四八〇万円、原告熊谷玲子に対し金三六〇万円、被告大宮市が原告熊谷長治に対し金一七〇万円、原告熊谷玲子に対し金一〇〇万円の担保を供するときは、右各仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して、原告熊谷長治に対し、金二九〇一万七七一七円、原告熊谷玲子に対し金二四〇六万六五〇〇円、及びこれらに対する昭和六二年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、後記の事故で死亡した訴外熊谷綾子(以下「綾子」という。)の両親であり、綾子は右事故発生当時、大宮市立東宮下小学校四年二組に在籍する九歳の児童であった。

(二) 被告埼玉県は、右事故の発生した県立長瀞玉淀自然公園内にある美の山国民休養地(通称美の山公園、以下「美の山公園」という。)を設置し管理している。

(三) 大宮市は、東宮下小学校を設置してこれを管理し、右事故発生当時、訴外早川良作(以下「早川校長」という。)を校長として、訴外茂木洋子(以下「茂木教頭」という。)を教頭として、訴外畠中俊博(以下「畠中教諭」という。)、同佐藤妙子及び同中島美佳を教諭として、それぞれ同校に勤務させていた。

2  本件事故の発生等

(一) 遠足の実施

昭和六二年四月二八日、東宮下小学校では、茂木教頭、畠中教諭ほか前記二名の教諭(以下この三教諭を「畠中ほか二名の教諭」という。)及び一名の用務員が四年一、二組の児童五七名を引率して、美の山公園に遠足を実施し、綾子もこれに参加した。

遠足の一行は午後一二時一〇分頃美の山公園内の展望台に到着し、その付近で昼食をとった。

(二) 綾子の転落死

綾子は、午後一時頃昼食をとり終わり、展望台西側やや下方の斜面を駆けて遊んでいたが、その際、斜面下方にあった高さ約四メートルの崖(以下「本件崖」という。)から転落した。

綾子は、午後一時過ぎ頃、本件崖の下方で頭部を強打し意識を失って倒れているところを発見されて(綾子が右の時刻に同所で意識を失って倒れていた事実は、後記のとおり当事者間に争いがないので、この事実を以下「本件事故」という。)、病院に運ばれたが、同年五月二三日、外傷性くも膜下出血により死亡した。

3  本件事故発生当時における本件事故現場及びその周辺の状況

(一) 崖の位置

本件崖は、美の山の山頂にある展望台の西側の斜面(傾斜角度は約二〇ないし三〇度、以下「本件斜面」という。)を斜めに横切るようにして下る遊歩道の途中から草地を南西に約一〇ないし二〇メートル下ったところ(右展望台からは一〇〇メートル弱下ったところであり、綾子が昼食をとった位置からは四五メートル余り下ったところ)にある。

(二) 崖の状況

本件崖の上方部分一帯は後記のとおり草地であるが、崖の部分に至って突然草地が切れ、土の剥き出した高さ約3.5ないし四メートルの崖が南北に広がっているが、斜面を下ってきても、余程注意して見ないと崖があることが分からない状態になっていた。

(三) 斜面の状況

本件斜面のうち、展望台付近から遊歩道にかけての部分一帯は芝の生えた広場(芝生)になっており、遊歩道から崖にかけての部分は芝と雑草の少し混じった草地となっている。もっとも、草は、本件事故が発生した四月当時は未だ十分に成長しておらず、芝生と区別がつきにくい状態にあった。

(四) 崖下の状況

崖下は幅約六ないし七メートルの底状の地面を経てその先が土手状の地形となっていた。

4  被告埼玉県の責任

(一) 公の営造物

本件事故の発生した美の山公園(特に展望台、休憩舎、駐車場、便所等が設けられている美の山の山頂付近から芝生広場、遊歩道、本件事故現場を含む一帯)は、埼玉県立自然公園として自然公園法四一条、四二条により、被告埼玉県の設置管理下にある公の営造物である。

とりわけ本件斜面は、元の樹木に覆われた状態から、全ての樹木を伐採し、芝を植え、桜を植樹し、遊歩道をつけるという形で人工的に作り変えられたものであって、全体として人工公物である。

本件崖は、本件斜面の一部分であり、これも含めて人工公物であることは明らかであるが、更に、本件崖は、被告埼玉県による車道造成の都合上、人工的に掘削されたことにより、あるいは、その掘削に起因する自然崩壊により形成されたものと考えられる。

(二) 美の山公園の利用状況

美の山公園は、東宮下小学校が毎年ここに遠足を実施しているほか、少なからぬ県内の小学校等の遠足の対象になっており、同公園には児童や幼児を含む大勢の人々が訪れている。本件斜面もまた児童や幼児を含む大勢の人々が訪れて食事をしたり散策をしたりしている。

(三) 危険の存在

本件斜面は芝や短い草に覆われているので、特に小学校の児童にとっては格好の遊び場である。遠足に来てここで散会した場合、解放感と子供特有の好奇心・冒険心も手伝って、走り出す者も多い。

ところが、本件斜面は傾斜角度が二〇ないし三〇度あるため走り出すとかなりのスピードがつくこと、崖の存在が上からは分かりにくいことから、かなりのスピードがついた状態で何の心構えもなく崖から転落し、重大な事故に至る危険性が高い。

(四) 被告埼玉県の注意義務の存在

従って、被告埼玉県には、同公園を訪れる人、とりわけ児童や幼児が、斜面上方から駆け下りてきて崖下に転落することのないように、転落を防止するための手段を講ずべき、公園設置管理上の注意義務があった。

具体的には、(1)崖の部分に土を入れ、上部斜面から引き続くゆるやかな斜面に直すか、(2)斜面上部に「下に崖があって危険であるから絶対に走ったりしないこと」という趣旨の標識を、来園者が容易に分かるように何個所にも設置し、かつ崖の上辺にそって転落防止柵ないし樹木の植込を設置するかのいずれかの措置を採るべきであった。

(五) 公の営造物の設置管理の瑕疵に基づく責任

しかるに被告埼玉県は右のいずれの措置も採らなかったから、公の営造物の設置管理に瑕疵があったというべきであり、被告埼玉県には、国家賠償法二条一項により、原告らの損害を賠償する責任がある。

5  被告大宮市の責任

(一) 遠足の際の小学校校長及び教員の一般的な注意義務

小学校における遠足は、学習の場を郊外に移し、美しい自然や文化に触れ、学習活動の充実発展を図る等を目的とする学習教育活動の一つである。しかも、それは学校外における行事であって時として思わぬ危険が存在すること、参加者が年少であり、未だ状況の判断や自制する能力が十分に発達していないばかりか、危険に対処する経験を十分に積んでいない反面、好奇心や冒険心が旺盛で、行動も活発であること、それに野外の遠足に伴う解放感が相乗されるので、校内における教育活動以上に、児童の安全確保上特段の注意と綿密な準備が求められる。

(二) 東宮下小学校の校長及び教員らの注意義務

従って、東宮下小学校の校長及び教員らには、美の山公園に遠足を実施するにあたり、次のような注意義務があった。

(1) 現地調査(下見)を実施するなどして、事前に目的地の状況、とりわけ危険な個所の存在等についてよく調査し、現地の状況を正確に把握した上で、昼食や自由行動の場所として安全な場所を選ぶ。

(2) 崖の所在地付近に児童を近づかせないようにするために、児童に対して、危険な個所を具体的に指摘して周知徹底させ、かつ崖の周辺に教職員を配置する。

(3) 児童らがどのような行動をとっているかを把握するために見回り等をする。

(三) 東宮下小学校の校長及び教員らの注意義務違反

(1) しかるに、早川校長は畠中教諭をして美の山公園の下見をさせたものの、同教諭は杜撰極まりない下見しかしなかったために、本件崖の存在に気が付かなかった。即ち、本件斜面で昼食や自由時間がとられることになれば、児童らが解放感から羽を伸ばして遊ぶことが予想されるから、その行動範囲を考慮して本件斜面の下部がどうなっているかを調べるべきであったにもかかわらず、畠中教諭は、本件斜面の途中まで下りてみたにとどまり、下方面を調べることを怠ったために、展望台からは一〇〇メートル弱、綾子が昼食をとった位置からは四五メートル余りの距離にあった本件崖を見つけることができなかった。

(2) また、遠足の一行が同公園に到着した後も、茂木教頭その他の教員らは、本件斜面付近の安全を確認することをせず、児童に対し、「走ってはいけない。」などと抽象的・一般的な注意事項を伝達しただけで、斜面の下方に崖があるからそちらに近づかないようにとの注意を与えないまま解散した。

(3) しかも、児童たちが展望台下方の斜面に分散して食事をしているにもかかわらず、茂木教頭その他の教員らは児童たちから離れて展望台付近で食事をし、見回りをするなどして児童たちの行動を把握することを怠った。

(四) 公務員の過失に基づく責任

以上のとおり、本件事故は、大宮市の公務員である早川校長、茂木教頭、畠中ほか二名の教諭がその職務を行うについて、過失によって発生させたものであるから、被告大宮市には、国家賠償法一条一項により、原告らの損害を賠償する責任がある。

6  損害

(一) 逸失利益

綾子は本件事故当時、九歳七か月の健康な女子であった。従って、一八歳から六七歳まで就労可能であり、その間全労働者の平均賃金に相当する収入を得るものとみるべきである。昭和六一年賃金センサスによる産業計・企業規模計・学歴計の全労働者の年間平均給付額三七三万四四〇〇円に、年五パーセントの賃金上昇分を一年分加えた額三九二万一一二〇円から生活費として五〇パーセントを控除し、新ホフマン係数(19.574)によって中間利息を控除した逸失利益の額は、三八三七万六〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨て)となる。

原告らは綾子の死亡により、右金額の二分の一ずつをそれぞれ相続した。

(二) 慰謝料

(1) 綾子の慰謝料

無限の可能性を秘めた人生を僅か九歳で閉じなければならなかった綾子の無念さは、計り知れないほど大きい。その慰謝料は一〇〇〇万円を下らない。

原告らは綾子の死亡により、右金額の二分の一ずつをそれぞれ相続した。

(2) 原告らの慰謝料

また、原告らは、綾子を深い愛情をもって慈しみ育ててきた。健康で順調に成育していた子を僅か九歳で失った親の悲しみと無念さは、誠に筆舌に尽くしがたい。この精神的苦痛の慰謝料は、少なくとも原告ら各自五〇〇万円が相当である。

(三) 医療費

原告熊谷長治(以下「原告長治」という。)は、綾子の治療費として五九万九五三〇円を支払った。

(四) 交通費

原告長治は、入院中の綾子を見舞うための交通費として八万四〇二〇円を支払った。

(五) 葬儀費用等

原告長治は、綾子の葬儀費用及び仏壇購入費用等として四二六万七六六七円を支払った。

(六) 弁護士費用

本件事故による損害の賠償について被告らに誠意がないので、原告らは、やむなく本件訴訟手続を原告訴訟代理人らに委任し、その報酬として、四七五万七〇〇〇円を各自折半で支払う旨合意した。

(七) なお、原告らは、日本体育・健康センターから、死亡見舞金として一四〇〇万円を、被告大宮市から、見舞金として一〇〇万円を受領したので、これらを原告らの損害合計金に各二分の一ずつ充当した。

7  まとめ

よって、被告埼玉県に対しては国家賠償法二条一項に基づき、被告大宮市に対しては同法一条一項に基づき、原告長治は、6(一)ないし(六)の合計金から見舞金七五〇万円を控除した二九〇一万七七一七円、原告玲子は、6(一)、(二)、(六)の合計金から見舞金七五〇万円を控除した二四〇六万六五〇〇円、及びこれらに対する本件事故発生の日である昭和六二年四月二八日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する被告埼玉県の認否・反論

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  請求原因2(本件事故の発生等)のうち、綾子が本件斜面を駆けて遊んでいた事実及び同女が原告ら主張の日時頃主張の場所で意識を失って倒れていたところを発見された事実は認め、綾子が崖から転落した事実は否認する。原告らが主張する転落地点から綾子が倒れていた地点まで水平距離で七メートル余りもあり、九歳の女児が転落してその地点に到達することは考えられないこと、綾子には高さ約四メートル近くあるところから転落したと認められるような外傷や着衣の異常があるとは認められないことなどから、綾子が原告らの主張するような状態で転落したとは考えられず、むしろ、斜面の下まで降りた後、何らかの原因で突然発病して倒れたと考えるのが相当である。

請求原因2のその余の事実は知らない。

3(一)  請求原因3(一)(崖の位置)の事実は認める。

(二)  請求原因3(二)(崖の状況)のうち、草地の先に急斜面がある事実は認め、その余は否認する。

(三)  請求原因3(三)(斜面の状況)のうち、展望台付近から遊歩道にかけての部分一帯は芝の生えた広場(芝生)になっており、遊歩道から崖にかけての部分は芝と雑草の混じった草地となっている事実は認め、その余は否認する。

(四)  請求原因3(四)(崖下の状況)の事実は否認する。

4(一)  請求原因4(一)(公の営造物)のうち、美の山の山頂付近に展望台、休憩舎、駐車場、便所等が設けられている事実、芝生広場及び遊歩道がある事実、美の山公園が埼玉県立自然公園として自然公園法四一条、四二条により設置されたものであることは認め、本件崖が人工的掘削により生じたことは否認し、美の山公園が公の営造物に該当するとの主張は争う。右遊歩道等は公の営造物であるが、本件崖は公の営造物ではない。

(二)  請求原因4(二)(美の山公園の利用状況)の事実は認める。

(三)  請求原因4(三)(危険の存在)の事実は否認する。

(四)  請求原因4(四)、(五)(被告埼玉県の注意義務の存在等)の主張は争う。自然公園内には各所にある程度の急な斜面その他の危険な個所はあり得るのであるが、自然の状態を残し、利用者が自然に親しみ、自然を理解することができるようにするために、手を加えない方が自然公園法の目的に沿う。従って、人工的工作はなるべく小範囲に止めなければならないとともに、本件崖のように自然の状態に残された場所については、被告埼玉県が営造物の設置管理者として責任を負うことはないと言うべきである。

5  請求原因6(損害)は否認する。

三  請求原因に対する被告大宮市の認否・反論

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)(遠足の実施)の事実は認める。

(二)  請求原因2(二)(綾子の転落死)のうち、綾子が本件斜面を駆けて遊んでいた事実及び同女が原告ら主張の日時頃主張の場所で意識を失って倒れていたところを発見されて病院に運ばれたが昭和六二年五月二三日に死亡した事実は認め、その余は否認する。綾子が崖から転落した事実を否認する理由は被告埼玉県と同旨である。

3(一)  請求原因3(一)(崖の位置)の事実は認める。

(二)  請求原因3(二)(崖の状況)のうち、草地の先に急斜面がある事実は認め、その余は否認する。右急斜面は崖という程のものではない。

(三)  請求原因3(三)(斜面の状況)のうち、展望台付近から遊歩道にかけての部分一帯は芝の生えた広場(芝生)になっており、遊歩道から崖にかけての部分は芝と雑草の混じった草地となっている事実は認め、その余は否認する。

(四)  請求原因3(四)(崖下の状況)の事実は否認する。

4(一)  請求原因5(一)(遠足の際の小学校校長及び教員の一般的な注意義務)のうち、小学校における遠足が学校教育活動の一つである事実は認め、その余の主張は争う。

(二)  請求原因5(二)(東宮下小学校の校長及び教員らの注意義務)の主張は争う。

(三)  請求原因5(三)(東宮下小学校の校長及び教員らの注意義務違反)のうち、早川校長が畠中教諭をして美の山公園の下見をさせた事実及び畠中教諭が本件斜面の途中まで下りてみた事実は認め、その余の事実は否認し、早川校長、茂木教頭、畠中教諭その他の教員に過失があったとの主張は争う。

畠中教諭は、昭和六二年四月一八日に、美の山公園の下見を実施して、遠足の目的地の状況を観察し、遠足に支障がないかを検討したが、特段の支障は認められなかった。

また、美の山公園到着後、直ちに児童を集めて、畠中教諭が斜面で絶対走ってはいけない旨の注意を与えた。美の山公園のような山地で、危険が存在しているかもしれない箇所を個々に指摘し尽くすことは不可能であって、個々の箇所を指摘するという方法よりも、安全のための行動の方法を指示し注意を与える方法の方がより適切である。

さらに、茂木教頭その他の教員は児童を掌握するのに都合のよい位置で食事をとっていた。

(四)  請求原因5(四)(公務員の過失に基づく責任)の主張は争う。

5  請求原因6(損害)は否認する。

四  被告らの抗弁

仮に、被告らに責任が認められるとしても、損害額の算定に当たり、次の点が斟酌されるべきである。

1  過失相殺

美の山公園到着後、児童を集めた際、畠中教諭が絶対走ってはいけない旨の注意を与えたにもかかわらず、綾子は引率者の右注意に違反し、かつ前方の安全を確認することなく斜面を走り下りた。従って、本件事故は綾子の重大な過失によって発生したものである。

2  損害填補

原告らは次のとおり合計一五三〇万三七五五円の支払いを受けている。

(一) 日本体育・学校健康センター法に基づく死亡見舞金一四〇〇万円

(二) 同法に基づく医療費金二八万三七五五円

(三) 大宮市の学校災害補償取扱による災害補償金一〇二万円

五  抗弁に対する認否・反論

1  抗弁1(過失相殺)のうち、畠中教諭が走ってはいけない旨の注意をした事実及び綾子が斜面を走り下りた事実は認め、その余の事実は否認し、綾子に重大な過失があったとの主張は争う。綾子にとっては崖が斜面下方に存在することは予見できなかったものであり、また、小学校四年生の児童が遠足に行って、解放感や冒険心から、広場のようなところで走り回ることは通常見られる行動であってやむをえないところである。

2  抗弁2(損害填補)は認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2(本件事故の発生等)について

1  同2(一)(遠足の実施)の事実は、原告らと被告大宮市との間では争いがない。原告らと被告埼玉県との間では、〈書証番号略〉、証人茂木、同畠中の各証言、原告熊谷玲子(以下「原告玲子」という。)本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により右事実を認める。

2  同2(二)(綾子の転落死)について

(一)  同(二)のうち、綾子が本件斜面を駆けて遊んでいた事実及び同女が原告ら主張の日時頃主張の場所で意識を失って倒れているところを発見された事実は当事者間に争いがない。

(二)  〈書証番号略〉、証人茂木、同畠中の各証言及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(1) 綾子はビニール製レジャーシートを身体の後ろにたなびかせ、スーパーマンのような格好をして斜面下方に向かって駆け降りた。

(2) その直後、綾子は飛び降りるような形でジャンプをし、綾子の様子を見ていた小学生らの視野から消えた。

(3) 綾子の姿が見えなくなる直前に綾子の手からレジャーシートが離れ、それだけが斜面に残された。

(4) 綾子の姿が見えなくなったのは本件崖の上方であり、同人が倒れているところを同級生が発見したのは本件崖の下方であった。

(5) 綾子は、足を本件崖の方向に、頭を反対方向に、それぞれ向けて、うつ伏せの状態で倒れていた。

(6) 綾子は、顎に一ないし二センチメートルくらいの裂傷を負い、額、両肘及び両足に擦過傷を負っていた。

(7) 綾子は右のように倒れている状況で発見され、そのまま病院に運ばれたが外傷性くも膜下出血の傷害を負っており、その後、尿毒症を併発して昭和六二年五月二三日死亡した(病院に運ばれたが右同日に死亡した点については、原告らと被告大宮市との間では争いがない。)。

右事実を総合すれば、綾子は本件崖から転落したものと推認できる。

(三)  これに対し、被告らは、(1)本件崖の上方から綾子が倒れていた地点まで水平距離で七メートル余りもあり、九歳の女児が転落してその地点に到達することは考えられないこと、(2)綾子には高さ約四メートル近くあるところから転落したと認められるような外傷や着衣の異常があるとは認められないことを根拠として綾子が崖から転落したことを争うので、右の二点について検討する。

(1) 水平距離について

検証(第二回)の結果によれば、綾子が転落したと想定される本件崖上の地点(以下「A地点」という。)から倒れていた綾子の足の位置(以下「X地点」という。)までは水平距離で約6.23メートル、垂直距離で約3.5メートルあることが認められる。そして3.5メートルの高さからとはいえ、九歳の女児が水平距離で6.23メートルも跳躍するとは考えにくい。

しかし、右事実から綾子の転落の事実を否定することはできない。即ち、綾子が着地したのはX地点よりもA地点寄りであっても、その地点からX地点までは下り傾斜地である(傾斜度は後記のとおり。)から、着地した後に転落の勢いで更に前方に落下し、X地点に至った可能性が高いからである。検証(第二回)の結果によれば、本件崖は垂直ではなく、傾斜角度が平均約四五度でX地点に近づくにつれ傾斜が緩やかになる曲線状になっていると認められること(別紙図面二参照。)からも、右の可能性が容易に想定できる。証人茂木は、A地点からX地点に至る間の土の乱れや綾子の足跡に気がつかなかった旨証言するが、〈書証番号略〉によれば、本件崖は土が剥き出しているとはいえ本件事故当時は草も相当程度生えており、九歳の女児程度の体重の者が飛び降りても容易に判別のできるような形跡がつかない可能性が十分にあると認められること、同証人の証言によれば、同人は不測の事態に遭遇してかなり動揺していたことも十分考えられ、従って周辺を綿密に観察していたとは認め難いから、同人の証言により、綾子が崖の途中で着地した可能性を否定することはできない。

(2) 外傷及び着衣の点について

〈書証番号略〉及び証人茂木の証言によれば、綾子は、前記のとおり顎の裂傷と額、両肘及び両足の擦過傷の他には特に外傷がなかったこと、綾子の着衣等がさほど汚れていなかったことが認められる。しかし、右(1)で判示したように、綾子が3.5メートルの高さから転落して直接に顔面等を地面に激突させたわけではないと考えられること、地面には草も若干生えていたと認められることから、綾子の外傷が転落したにしては軽度で不自然であるとまでは言えない。また、〈書証番号略〉及び証人茂木の証言によれば、本件事故発生当日、天候は晴であり地面及び草が乾いていことが認められ、従って、転んでも着衣等にそれ程の汚れは付きにくい状態にあったことが推認される。以上によれば、外傷及び着衣の点から、綾子が本件崖から転落した事実を否定することはできない。

従って、右二点はいずれも前記(二)の認定を覆すには足りず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三請求原因3(本件事故発生当時における本件事故現場及びその周辺の状況)について

1  同3(一)(崖の位置)の事実は当事者間に争いがない。

2  同3(二)(崖の状況)について

(一)  同3(二)のうち、草地の先に急斜面がある事実は、当事者間に争いがない。

(二)  〈書証番号略〉、検証の結果(第一、二回)及び弁論の全趣旨によれば、本件斜面及びその付近の概略は別紙図面一のとおりであり、右草地の先の急斜面の傾斜角度は平均すれば約四五度であるが、綾子が転落したA地点付近は約九〇度であること、右急斜面は南北方向に広がっており、その高さは約3.5ないし四メートルであることが認められる。従って、右急斜面は大規模なものではないが、崖と称しても差し支えない。

(三)  本件崖が下に行くにつれて傾斜が緩やかになる曲線状になっていること、土が剥き出しているが本件事故当時は草も相当程度生えていたことは、既に判示したとおりである。

(四)  検証の結果(第一、二回)によれば、傾斜角度が約二〇ないし三〇度ある本件斜面を九歳の女児程度の身長の者が下ってきた場合、先が見えにくく、本件崖の存在が分かりにくいことが認められる(別紙図面二参照。)。

3  同3(三)(斜面の状況)について

(一)  同3(三)のうち、展望台付近から遊歩道にかけての部分一帯は芝の生えた広場(芝生)になっており、遊歩道から崖にかけての部分は芝と雑草の混じった草地となっている事実は、当事者間に争いがない。

(二)  〈書証番号略〉によれば、本件事故が発生した四月当時は、草地の草が未だ十分に成長しておらず、芝生と区別がつきにくい状況にあったことが認められる。

4  同3(四)(崖下の状況)について

〈書証番号略〉、検証の結果(第一、二回)によれば、崖下は幅約六ないし七メートルの底状の地面を経てその先が土手状の地形となっていることが認められる。

四請求原因4(被告埼玉県の責任)について

1  同4(一)(公の営造物)について

(一)  同4(一)のうち、美の山の山頂付近に展望台、休憩舎、駐車場、便所等が設けられている事実、芝生広場及び遊歩道がある事実、美の山公園が埼玉県立自然公園として自然公園法四一条、四二条により設置されたものであることは、原告らと被告埼玉県の間に争いがない。

(二)  〈書証番号略〉、検証の結果(第一、二回)及び弁論の全趣旨によれば、本件斜面は、かつては樹木に覆われていたが、被告埼玉県は、これら樹木を全て伐採した上で芝を植えて広場とし、桜を植樹し、遊歩道をつけるという形で人工的に作り変えたものであること、斜面上の草については定期的にこれを刈り取っているものであること、本件崖の下の底状の地面は、被告埼玉県による車道造成に関連して、人工的に掘削されて形成されたものであり、本件事故発生時より相当以前から存在していたものであることが認められる。

(三)  右(一)及び(二)によれば、美の山公園のうち、展望台、休憩舎、駐車場、便所等が設けられている美の山の山頂付近から本件斜面(芝生広場及び遊歩道がある。)及び本件崖を含む一帯は、大勢の人々が訪れることができるようにするために諸設備を設けて一つの公園として造成したものであって、国家賠償法二条一項にいう「公の営造物」に該当すると解するのが相当である。

これに対し、被告埼玉県は、遊歩道等は公の営造物であるが本件崖は公の営造物ではないと主張する。しかし、右一帯内に存在する個々の設備は一つ一つが他と無関係に存在しているのではなく、互いに他の設備と場所的・機能的に密接に結び付き合うことによって、その存在意義が認められるのであるから、これら設備を包含した地域を一体として扱うのが相当である。また、仮に「公の営造物」の意義を狭く解し、本件崖自体は公の営造物ではないとしても、芝生広場は公の営造物であると解すべきところ、その芝生広場の延長上に本件崖が存在することによって、芝生広場が瑕疵を帯びることになることは、後記5(二)のとおりである。

2  同4(二)(美の山公園の利用状況)の事実は、原告らと被告埼玉県の間に争いがない。

3  同4(三)(危険の存在)について

(一)  本件斜面は芝や短い草に覆われていることは既に判示したとおりであり、このような場所が特に小学校の児童にとっては格好の遊び場であって、遠足に来てここで遊ぶ場合、解放感と子供特有の好奇心・冒険心も手伝って走り出したくなることは、経験則上明らかである。

(二)  そして、本件斜面は傾斜角度が二〇ないし三〇度あること、崖の存在が上からは分かりにくいことも既に判示したとおりであるから、走り出すとかなりのスピードがついた状態で何の心構えもなく崖から転落し、重大な事故に至る危険性が高いことが認められる。

4  同4(四)(被告埼玉県の注意義務の存在)について

(一)  右2及び3の事実に照らせば、被告埼玉県には、美の山公園を訪れる人、とりわけ児童や幼児が、本件斜面上方から駆け降りてきて崖下に転落することのないように、転落を防止するための手段を講ずべき、公園設置管理上の注意義務があったものと言うべきである。

具体的には、例えば崖の部分に土を入れ、上部斜面から引き続くゆるやかな斜面に直すとか、崖の上辺に沿って転落防止柵ないし樹木の植込を設置するなどの措置を採るべきであったのである。

(二)  これに対し、被告埼玉県は、自然の状態を残し、利用者が自然に親しみ、自然を理解することができるようにするために、手を加えない方が自然公園法の目的に沿うのであり、人工的工作はなるべく小範囲に止めなければならないと主張する。

しかし、同じ自然公園であっても、人の手が殆ど加えられていないために利用者自らが細心の注意を払って危険が存在することを予知しなければならないような場所と、既に大幅に人の手が加えられており、従って来園者が危険は少ないものと考えやすい場所とでは、管理者が来園者の安全のために負担するべき注意義務の程度が異なるのは当然である。また、主として十分な判断能力を備えた大人が訪れることが予想される場所と、十分な判断能力を備えない幼児や児童が訪れることが予想される場所とでは、管理者が来園者の安全のために負担するべき注意義務の程度が異なるのも当然である。美の山公園の本件斜面付近は前述のとおり大幅に人の手が加えられており、しかも幼児や児童が多数訪れることが予想される場所なのであるから、管理者はこれに対応して十分な安全対策を施すべき注意義務を負担すべきであり、このことと、自然の状態を残して利用者が自然に親しみ、自然を理解することができるようにすることとは、全く別個の問題である。

5  同4(五)(公の営造物の設置管理の瑕疵に基づく責任)について

(一) 以上によれば、右1(三)で判示した本件斜面及び本件崖を含む一帯は、幼児や児童が頻繁に利用する自然公園として通常有すべき安全性を欠いていたものであり、公の営造物の設置管理に瑕疵があったというべきであるから、被告埼玉県には、国家賠償法二条一項により、原告らの損害を賠償する責任がある。

(二) 仮に、本件崖自体は公の営造物ではないと解する余地があるとしても、芝生広場の延長上に本件崖があり、しかもその間に何らの障害物もなく、芝生広場を中心に遊んでいるうちに本件崖に近づき、そこから転落してしまう危険が認められる以上、公の営造物である芝生広場が幼児や児童の頻繁に利用する場所として通常有すべき安全性を欠いていたものと解すべきであるから、被告埼玉県は、国家賠償法二条一項による責任を免れない。

(三)  なお付言するに、〈書証番号略〉、検証の結果等からすると、本件崖は、被告埼玉県がこの付近に車道を造成した際又はその造成に起因する自然崩壊により形成された蓋然性が大きいことが認められる。そうだとすれば、被告埼玉県はその防止に必要な措置を採らなかったことに外ならないから、その責任を軽視することはできない。

五請求原因5(被告大宮市の責任)について

1  同5(一)(遠足の際の小学校校長及び教員の一般的な注意義務)について

(一)  同5(一)のうち、小学校における遠足が学校教育活動の一つである事実は、原告らと被告大宮市の間で争いがない。

(二)  小学校における遠足が学校外における行事であって時として思わぬ危険が存在すること、小学生は未だ判断力、自制心が十分でない上、危険に対処する経験も乏しい反面、好奇心や冒険心が旺盛で、行動も活発であるところ、これに野外の遠足に伴う解放感が相乗され易いことは経験則上明らかである。

従って、小学校校長及び右遠足の実施に携わる教員には、校内における教育活動以上に、児童の安全確保上特段の注意と綿密な準備が要求される。

2  同5(二)(東宮下小学校の校長及び教員らの注意義務)及び同(三)(東宮下小学校の校長及び教員らの注意義務違反)について

(一)  下見について

(1) 右1に判示したところによれば、東宮下小学校の校長及び本件遠足に携わる教員らは、下見を実施するなどして、事前に目的地の状況、とりわけ危険な個所の存在についてはよく調査し、現地の状況を正確に把握した上で、児童に昼食や自由行動を指示するに当たっては、それに相応しい安全な場所を選ぶべき注意義務を負っていたものと言うべきである。

(2) 請求原因5(三)(1)のうち、早川校長が畠中教諭をして美の山公園の下見をさせた事実及び畠中教諭が下見の際に本件斜面の途中まで降りてみた事実は、原告らと被告大宮市の間で争いがない。そして、証人畠中の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ア 畠中教諭は、本件事故発生の当日よりも一〇日前である昭和六二年四月一八日に乗用自動車を使って遠足の下見を実施した。

イ 同教諭は、午後三時過ぎ美の山公園に到着し、自動車を展望台近くの駐車場に停め、そこから徒歩で、二〇分ないし三〇分かけて、昼食をとることを予定していた芝生広場周辺を下見した。

ウ その際、同教諭は、トイレの位置を確認し、芝生広場の上方を北に向かって歩いてテレビアンテナ付近まで到達し、帰りは斜面を一五、六メートル降りて、斜面の様子を観察しながら、芝生広場の中を南に歩いて駐車場に戻った(別紙図面一参照。)。

エ 右下見の結果、同教諭は、芝生広場は昼食をとるのに適した場所であるが斜面となっているので走ったりすると危険であると感じた。

(3) しかし、右のような下見は、昼食をとることが予定されている場所の下見としては必ずしも十分であったと言えない。即ち、昼食をとり終えた児童が集合時間まで遊ぶことは容易に予測でき、とりわけ同所が芝生広場であってみれば、児童がここを走るなどして行動範囲を広げてみたくなることも明らかである。そして、本件斜面が畠中教諭自身危険を感じたような急な斜面であった以上、児童が走った勢いで斜面の下方まで行ってしまうことは、容易に予測できることである。このような地形の状況をふまえて考えると、児童を遠足に引率する教員としては、斜面の下方がどのようになっているかを見分しておくべきであり、また、この部分を見分しておけば、本件崖の存在を容易に現認することができたことは明らかである。そしてこれを現認していれば、児童に対し、単に走ることが危険であることを注意するにとどまらず、本件崖に近づかないように指示するなど、これに対処する方法を講ずることができたものと考えられる。

しかるに畠中教諭は、本件斜面の下方部分を十分に下見しなかったため、本件崖の存在に気がつかなかったのであるから、同教諭には、下見に関し過失があったと言わざるを得ない。

(二)  遠足当日の注意について

(1) 請求原因5三(2)のうち、遠足の一行が美の山公園に到着した後、畠中教諭が児童に対し、斜面で走ってはいけない旨の注意をしたことは原告らと被告大宮市の間に争いがない。

(2) 原告らは、遠足の一行が到着した後に茂木教頭らが本件斜面の安全確認をして崖の存在を児童らに指摘しなかったことを過失を基礎付ける事実の一つとして主張するが、下見を実施した上に遠足の当日にも五七名の児童を待機させて安全確認をすることを求めることは妥当ではないから、右主張は採用できない。

(3) 他方、被告大宮市は、(1)の注意をしたから、畠中教諭らには、本件事故につき過失がない旨の主張をする。

しかし、本件事故発生の最大の原因は、前述のとおり綾子が本件崖の存在に気がつかずに斜面下方に行ったことにある。綾子が走っていたことが事故を重大なものにしたことは認められるにしても、上方からは崖の存在に気がつきにくいという本件崖の形状に照らせば、仮に綾子が走っていなくても、本件崖に近づき誤って転落した可能性も一概に否定できない。

従って、同教諭が(1)の注意をしたことは、過失相殺を根拠付ける事実とはなりえても、同教諭らの下見義務違反等の過失から生ずる被告大宮市の責任を一切否定する事由にはなり得ない。

(三)  昼食中の監督について

(1) 〈書証番号略〉、証人茂木、同畠中の各証言及び弁論の全趣旨によれば、児童らは、本件斜面内の芝生広場に散らばって昼食をとったこと、茂木教頭、畠中ほか二名の教諭は、一通り児童らの間を見回った後テレビアンテナ近くに設置されていたベンチで昼食をとったことが認められる。

(2) 遠足の一行が美の山公園に到着した後、畠中教諭が児童に対し、斜面で走ってはいけない旨の注意をしたことは既に判示したとおりであり、右注意に背いて走る児童がいることまでを茂木教諭、畠中ほか二名の教諭が予測して、昼食時間中休まず見回りをすることを求めるのは妥当ではない。また、前記のような本件斜面の形状に照らせば、茂木教頭、畠中ほか二名の教諭が高い位置にある右(1)記載のベンチで昼食をとったことも不適切であったとまでは言えない。従って、昼食中の監督を怠ったとする原告らの主張は採用できない。

3  同5(四)(公務員の過失に基づく責任)について

以上によれば、本件事故の発生については、大宮市の公務員である畠中教諭の過失を肯定することができ、その余の点につき判断するまでもなく被告大宮市には、国家賠償法一条一項により、原告らの損害を賠償する責任がある。

六請求原因6(損害)について

1  同6(一)(逸失利益)

綾子の逸失利益算定の基礎となる収入は、同人が死亡した昭和六二年の賃金センサス(女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計の平均賃金)によるのが妥当である。右によれば、年収は二四七万七三〇〇円である。

そして綾子は死亡時九歳であり、一八歳から六七歳までの四九年間就労可能であったと考えられ、その間の生活費を三〇パーセント、中間利息をライフニッツ方式によりそれぞれ控除すると(ライプニッツ係数は11.7117)、その逸失利益は二〇三〇万九三七六円となる。

(計算式)

247万7300×(1−0.3)×11.7117

原告らは、これを各自二分の一(一〇一五万四六八八円)ずつ相続した。

2  同6(二)(慰謝料)

(一)  綾子の慰謝料

楽しいはずの遠足で生命を失った綾子の無念さに対する慰謝料は七〇〇万円が相当である。

原告らは、これを各自二分の一(三五〇万円)ずつ相続した。

(二)  原告らの慰謝料

原告らは、深い愛情をもって慈しみ育ててきた子を被告らの過失によって失ったのであり、その慰謝料は各自につき四〇〇万円が相当である。

3  同6(三)(医療費)

〈書証番号略〉によれば、原告長治は、綾子の治療費として五九万九五三〇円を支払ったことが認められる。

4  同6(四)(交通費)

〈書証番号略〉によれば、原告長治は、入院中の綾子を見舞うための交通費として八万四〇二〇円を支払ったことが認められる。

5  同6(五)(葬儀費用等)

〈書証番号略〉によれば、原告長治は、葬儀費用として一四四万六七六七円、仏壇購入費用等として二八二万〇九〇〇円を支払ったことが認められる。右それぞれにつき一〇〇万円、合計二〇〇万円を本件事故による損害として認めるのが相当である。

6 同6(六)(弁護士費用)については、後記八のとおりである。

7  小計

右1ないし5を合計した金額は、原告長治につき二〇三三万八二三八円、原告玲子につき一七六五万四六八八円となる。

七被告らの抗弁について

1  同1(過失相殺)

(一)  美の山公園到着後、畠中教諭が児童に対し、斜面で走ってはいけない旨の注意を与えたこと、本件斜面は傾斜角度が二〇ないし三〇度ある急斜面であること、綾子が斜面を駆け降りて遊んでいたこと、それが本件事故を重大なものにした一つの要因になっていることは、既に判示したとおりである。また、証人茂木、同畠中の各証言によれば、畠中の注意は公園到着後二度にわたって繰り返されたものであることが認められる。

(二)  右各事実に照らせば、本件事故の発生につき、綾子にも過失があったと認めるのが相当である。小学校四年生の児童が遠足に行って、解放感や冒険心から、広場のようなところで走り回りたい気持ちになることも理解できないではないが、同所は急な斜面であり、先に何があるのか分からない状態である上、引率の教諭から繰り返し注意を受けていたのであるから、同女の年齢(九歳)に照らせば、走ることが危険であるという警戒心を持つことが不可能であるとまでは言えず、従って、右の注意に背き、また下方の状況を警戒をせずに走ったことについては過失があったと言わざるを得ない。

(三)  そこで、過失相殺の割合について検討する。

(1) まず本件事故に至る被告大宮市の過失は、前記のとおり、畠中教諭が、遠足のコースである美の山公園の下見を行い、本件斜面を見分したが、その下方まで行かなかったために本件崖の存在を見落とした点にある。しかし、畠中教諭は、下見の結果から本件斜面で走ることが危険であると判断したことから、児童に対し二度にわたって走ってはならない旨を注意したのである。

教師は、児童を預かる立場にあるのであるから、児童を危険から守るべき責務を負っていることは当然である。しかし、教師の注意義務をいたずらに強調することは、行き過ぎた管理を醸成することになりかねないものであるから、右注意義務を考える場合には、この点の配慮を欠くことはできない。そして、遠足のような郊外活動にあっては、学校内とは異なり予想外の危険が存在することは前述のとおりであるから、児童としては、より一層先生の注意を守り、その指示に従わなければならない。このような一般的教育ないし基礎的なしつけは、学校においてもさることながら、家庭内における不断の教育において果たされるべき面が大きいものと言わなければならない。

以上の諸点を考慮し、かつ綾子が既に小学校4年生になり、それなりの分別を持つ年齢にあったことも合わせ考えると、畠中教諭が本件斜面で走ってはならないことを繰り返し注意していたのにもかかわらず、同女がこの注意に背いて走ったことは、過失相殺の割合を判断するに当たり、被告大宮市との関係においては、相当大幅に斟酌されなければならない事情と解すべきである。

(2) 一方、被告埼玉県の過失についてみるに、本件斜面一帯は、前述のとおり被告埼玉県によって人工的に作り変えられたものであり、かつ、児童を含む多数の人が訪れていた公園であり、しかも、本件崖は、本件事故よりも相当以前から存在していた(この付近に車道を造成した際又はその造成に起因する自然崩壊により形成された蓋然性が高い。)のであるから、これを放置していた被告埼玉県の過失(換言すれば本件斜面の瑕疵)は重大である。なお、畠中教諭が、美の山公園の利用者の一人として、下見のために本件斜面に至ったにもかかわらず、本件崖の存在に気付かなかったことは、本件崖の存在が右公園の利用者に分かりにくく、それ故に転落の危険性が高いことを示すものであって、被告埼玉県の過失の重大性との関連では考慮されるべきである。このように被告埼玉県の過失の態様及びその重大性と対比すると、綾子が前記のとおり注意に背いて本件斜面を走った点は、過失相殺に当たり斟酌すべきではあるが、これをさほど大きなものと考えることはできない。

(3) 以上のように考えると、過失相殺の割合は、原告らと被告大宮市との関係では五割、被告埼玉県との関係では二割とするのが相当である。なお、このように各被告らとの関係で過失相殺の割合を別異に認定することは、各被告らについて別個に訴えが提起された場合には通常当然に起こり得ることであり、たまたま共同不法行為の関係にあるとして併合審理されたからといってこの結論が変わるものではない。

2  同2(損益相殺)の事実は、当事者間に争いがない。この填補額一五三〇万三七五五円の二分の一(七六五万一八七七円)ずつを原告両名の損害から控除する。

八弁護士費用について

事案の性質、認容額等を総合すれば、弁護士費用は、原告長治につき八五万円、原告玲子につき六五万円が相当である。

九結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告埼玉県に対し、原告長治が九四六万八七一三円、原告玲子が七一二万一八七三円、及びこれらに対する本件事故発生の日である昭和六二年四月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金(原告長治の内金三三六万七二四二円、原告玲子の内金一八二万五四六七円と右各金員に対する遅延損害金については、いずれも被告大宮市と連帯)、被告大宮市に対し、原告長治が三三六万七二四二円、原告玲子が一八二万五四六七円、及び右各金員に対する前記遅延損害金(いずれも被告埼玉県と連帯)の支払を求める限度において理由があるのでこれを認容することとし、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱の宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清野寛甫 裁判官田村洋三 裁判官飯島健太郎)

別紙図面一、二〈省略〉

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